夏の救世主は扇風機だった。
子どもの頃、羽根が回っている外側の金属ガードの前で
口を開けて、「あ~~~」と声を出して遊んだ。
すると、音がビリビリビリ…となって
「あ”あ”あ”~~」 という濁音みたいになるのが
面白かった。
* * *
銀紙でもよくそうやって遊んだ覚えがあるけど
銀紙って、何に付いていたんだろう????
父親が当時吸っていた両切りタバコのピース缶にも
付いていたのかな?
銀紙にタバコの匂いがしたような覚えがある。
ずいぶん素朴な遊び。
でも、結構それで退屈しながらも遊べていたような気がする。
手もとの昔の世相が載っている雑誌を見ていたら
広告が載っていた。
「今年の夏は」(扇風機の絵)
芝浦扇風機
とあった。
昭和22年に掲載された広告とのこと。
今の東芝の扇風機だ。
私たちがオギャ~と生まれた頃、戦後の復興で
まだまだ日本中が飢えていた頃。
この年、2月に買い出しや復員兵、疎開先から帰る人らで超満員の
八高線(東京・八王子から群馬・高崎まで)列車が転覆し大惨事となった。
4月1日から、6・3・3・4の新しい学制がスタートした。
6月には日本ダービーが復活した。
私たちはそんな年に生まれたのだ。