さやえんどう

1950年代の後半、子どもの頃、大阪市内で住んでいた団地は、
2DKでした。
どう考えても妹と4人家族が、こんな狭いところに
机2つと2段ベッドを置いて住んでいたなんて、
きっと今ならビックリしてしまうでしょう。
ときどき母の手伝いをしたときのことを思い出すと、きまって
さやえんどうの筋をむくときの、あの青い匂いが浮かんできます。

水気が飛んでるのを感じるくらい
みずみずしい匂い。
(でも、いつもそれを思い出すのは、それ以外あまり手伝っていなかったから?)
夏の夜、母と妹と3人で北側の部屋にちゃぶ台を置いて
カレーを食べていました。
今みたいなお手軽ルーがない時代で、
フライパンで小麦粉を煎ってトロミをつけていました。
几帳面に角切りした玉ねぎ、じゃがいも、にんじん、牛肉…
ちょっとしゃぼしゃぼしたその上に、
斜め細切りしたさやえんどうを散らすのが、母のカレーでした。

さやえんどうが、さやいんげんやえんどう豆に変わることも。
やはり、匂いを鮮明に覚えているのが不思議。
よく言われるように、嗅覚は原始的な感覚だから
そのぶん、深く刷り込まれているのかもしれません。
当時の部屋は2階でしたが、窓の向こうは高い建物がなく
ずっと向こうに通天閣が小さくてもはっきり見えていました。
(地図で見ると、直線距離で5㎞余りあります)
クーラーも冷蔵庫もなかった頃のこと。
建物が低いぶん、風通しはよかったのでしょう。
◎オバンスタナカ◎

カテゴリー: サ行, 思い出ちょきんばこ   パーマリンク

コメントを残す